トウネズミモチ
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吉本ばななと、最近の私の読書傾向とはそぐわない感じ。と、私も思います。山シリーズで集めた文庫本はほとんど読んでしまって、手元に本がなくなった。でも今日も通勤がある。ということで引っ張り出したのが、以前ある時期に集中的に読んだ吉本ばなな本の読み余しのこの本だったというわけです。
著者と出版社の仲間たちが行った南米アルゼンチン、ブラジル、パラグアイの旅行の印象を素材にし、男と女の関係はいずれも不倫がらみという6つの短編小説を1冊にまとめて「不倫と南米」とは、オイオイという感じですが、いかにも「ばなりん」風でもあります。南米の自然と文化と歴史が舞台装置だったり主役だったり、不倫もメインディッシュだったりツマだったりと様々に不倫と南米が登場するので、看板にはまったく偽りはないということで。
短編と短編の間のページに南米の自然や街の写真が挿入され、加えて各タイトル対向ページを飾る不思議な雰囲気をもつ人物のイラスト画(作者:原マスミ、下の表紙画も同じ)も静かなインターミッションを奏でているかのよう。小説の面白さだけでなく、見て楽しい大人の絵本のようになっているところにも目が離せず、行き帰りの通勤時間であっという間に読んでしまいました。あとがきで吉本さん自身が記しているように、この本は書いた本というより作った本です。
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近藤信行編「山の旅 大正・昭和篇」を読みます。同じ編者の明治・大正篇でも、欧州アルプスの記事はありましたが、この時代になると、欧州アルプス(槇有恒:アイガー東山稜の初登攀)でも、ヒマラヤ(今西錦司:マナスルの偵察)でも、該地で日本人登山家が主役となった記事が増えます。マナスルは標高8156メートル、世界8位の高峰。1956年5月9日に日本山岳会隊の今西壽雄、ギャルツェン・ノルブが初登頂に成功しています。
でも私が拾い読みしたのは、自分にとってなじみのある山々の記事でした。「平野長蔵:尾瀬沼の四季」、「冠松次郎:十字峡」、「河田楨:春の仙元越え」、「寺田寅彦:雨の上高地」、「小林秀雄:カヤの平」など。特に小林の紀行文は、スキー初心者でありながらひょんなきっかけで志賀高原のスキーツアーに参加することになった著者の失敗談が面白おかしく描かれています。小林と深田久弥がスキー友達(深田が小林にスキーを教えた)だったとは知りませんでしたが、小林の無謀ともいえるやんちゃぶりが印象的です。文体が漱石の「坊ちゃん」を彷彿とさせます。
寺田寅彦の上高地の旅には水力発電所建設の見返りとして上高地までの道路が建設されたことや、その水力発電所建設によって自然の景観が損なわれたという人がいるが、自分(寺田)は近代技術の粋を尽くして造られたものはそれなりに自然の中に溶け込んでいると思うといった科学者らしいものを見る目が開陳されていて興味深いものがありました。
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三日・三月・三年とは新しいところへ入った者がそれを後悔し始めるタイミングのたとえ。それで言えば第2関門クリアです。私のことではありません。新入生諸君のこと。1年生のクラスも大分落ちついてきて、それぞれの個性が見えるようになってきました。
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雨の中、今日は大学のオープンキャンパス。来月のオープンキャンパスで模擬授業なるものをやらなければならないので、今日行われた他の先生の模擬授業風景の見学をしてきたというわけです。こういうことでもなければ他の先生の授業の様子を見る機会はなかなかありません。この辺は企業研修の世界とはだいぶ違います。いろいろと勉強になりました。O先生ありがとう。
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夕方から東京駅丸ビルでワンゲル同期の集まり。その前の時間を使って、皇居東御苑に夏の花を見に行きます。大手門の入り口では、洞爺湖サミットの警戒とかで荷物検査をされました。東御苑では多少目立つ樹木や草本には全て名札がつけてあります。それを目当てに花や樹木の写真をばしばし撮っていきます。日本庭園のハナショウブも終わり、何か力が抜けたような苑内の雰囲気。アジサイはいたるところに。クチナシは姿よりも香りでアピール。夏の花とはいえ、今は地味な花の季節です。
同期会には10名が集まり、いつもながらしょうもない話で楽しい時間を過ごしました。定年や役職定年の話。健康と病気の話。最近会社を辞めた友の今とこれからの話。山の話もちょっとだけ。下の写真は皇居汐見坂から見た内堀。→メインサイト公開済み
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行田市の「古代蓮の里」でハスが咲き始めたというので行ってみることにしました。「古代蓮の里」に車を置いて30kmほどの距離をポタリングするつもりでしたが、自宅から「古代蓮の里」まで行くのに3時間近くかかってしまったため、結局こことその周辺にある「さきたま古墳公園」と行田市中心部にある水城公園を訪ねるのにとどめました。ハスは咲き始めで3分程度の咲きぶり。ピンクの古代蓮は、水元公園のハスとそっくりです。同じ種類かもしれません。行田のハスは昭和40年代末に市が公共施設を建設するために土地を造成中偶然に発見されたもので、最初に発見されたものは1400年以上地中に眠っていた種から発芽したものといいます。この古代蓮と、さきたま古墳公園から今日のタイトルは「古代を尋ねる」なのですが、ちょっと無理があるかも。今日も比較的いい天気でした。梅雨の晴れ間も今日までか。→メインサイト公開済み
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「氷壁」のテーマの2番目は、「アルピニズム」。現地の山案内人を除いては職業として山に登るプロの登山家という存在がなかった時代に、魚津と小坂はプロの登山家の意識と行動に自覚的だったように思います。それはひと言でいえば自己責任で目的的に登山に取り組むことということになるのでしょうか。大学山岳部が中心になって谷川岳や北アルプスの難ルートが開拓されていった時代ですが、大学山岳部出身でありながら組織を超えたプロのメンタリティを持ち、結局はそれに殉じたふたりだったのではないかと思うのです。この辺りが、この小説が登山ブームの引き金の1つになった理由といえるでしょう。魚津のモデルは「風雪のビバーク」の松濤明だといいます。北鎌尾根で友と遭難し、下半身硬直の状態で最後のメモを書き続けた松濤の姿は魚津の最後のメモに重なります。
執筆時49歳の著者が「老い」をテーマとして考えていたかどうかはわかりません。しかし、ともに50代の八代教之助と常盤太作が、人物的には陰と陽のように対照的でありながら共通の課題を抱えているようにもみえます。それは、アイデンティティ確立のあとの次の人生課題である「次世代に残すこと(generativity)」を自覚しながらも、その課題の達成を追い越す速度で迫る「老い」をも自覚しないわけにはいかないといったところです。思えば今の自分は彼らと世代を同じくすることになるのでした。
テーマとは別に印象的なシーンのひとつは小坂の遺体が発見されて荼毘に付されるシーンです。営林署の許可を取って樹林帯のモミの木を切り倒し、そのモミの木を燃料に月光の下火葬の火が焚かれます。
『十一時頃から月光は物凄いほど冴えて来た。青白い月光がほとんど真上から深山の焼き場を照らした。そしてその月光と競うように、小坂を焼く火もまた烈しくなり、火焔は天を焦がすばかりであった。』
針葉樹の幹が燃えるばちばちという音が聞こえ、そのにおいさえしてくるようです。
残されたかおるが最後に決意します。『穂高に登って美しいフェースを探し、小さなケルンを作って魚津恭太と兄小坂乙彦の2本のピッケルを差し込むこと』を。これも映画のラストシーンのように印象的です。
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井上靖の「氷壁」を読みます。昭和30年1月厳冬期の前穂高岳の岩場で実際にあった登山用ナイロンザイルの切断による遭難事故を題材として、昭和31年から32年にかけて新聞小説として発表されたものです。単行本発行の直後に映画化もされ、その後の登山ブームの1つのきっかけとなった作品といわれます。発表後50年、古典を読むつもりで読んでみました。
主たる登場人物は6人。ふたりの青年(魚津恭太・小坂乙彦)、ふたりの女性(八代美那子・小坂かおる)、ふたりの大人(常盤太作・八代教之助)が織りなす全部で15対の人間関係がダイナミックに展開します。15対の人間関係のうち、小説の中で実際の関係性が描かれていないのは常盤太作と小坂乙彦の対だけです。正八面体の6つの頂点に6人の登場人物をおいてその象徴的な関係性を図示してみたくなるほど頑健な構造があり、この小説がいかに緻密に構成されたものかがうかがえます。
テーマは、「切れたザイル」である以上に、「男と女」、「アルピニズム」、そして「老い」であると私はみます。ナイロンザイルの切断をめぐる新聞報道や世評の動き、再現実験をめぐる関係者の思惑など、実際の事故に続いて起こったことを小説として丹念に再現してはいますが、それは他のテーマを展開させるためのツールでしかありません。もっとも、新聞小説としてのサスペンスの要件は、このザイル切断の原因というテーマが担っていたことは間違いないでしょう。
「氷壁」は、まず恋愛小説です。老いた実業家八代教之助の若い妻美那子に対するふたりの青年の想い。最初は小坂の美那子との不倫関係に端を発する一途な恋慕、後半は魚津の、小坂亡き後の美那子への恋愛感情の起伏が描かれます。しかし、いったんは美那子を諦めることを決意したふたりの青年のそれぞれの遭難死により、この恋愛感情は中空に浮いたままになるのです。かおるの魚津に対する一直線でひたむきな恋愛も成就せずに終わりました。(長くなったので項を変えます)
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ここ2ヶ月ほど準備を進めてきたイベントの明日は本番。蓋を開けてみなければわからない不確定な進行の部分を担当することもあってドキドキです。ただもう早く終わってくれと思うばかり。
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