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2008年5月31日 (土)

和辻哲郎著「古寺巡礼」

岩波文庫の読み直しのような読書が続きます。あくまで読み直しの「ような」であり、「古寺巡礼」も私は初めて読むものでした。大正7年に29歳の和辻が奈良の古寺を経巡りなが情熱を込めて書き記した印象記であり、その後の古寺ブームのきっかけになったといわれています。

私自身は3月に奈良を旅して昔中学の美術の教科書で見た仏像のいくつかを初めてこの目で見たことと、先週の国立博物館の薬師寺展の印象が強いということ以外、特に仏像を鑑賞する趣味を持っているわけではないのですが、こうした私の最近の経験に含まれる小さな驚きや感動が大きく拡大されるかたちで文章になったものがこの「古寺巡礼」だったように思います。90年の時の流れを超えて共鳴するものが少なからずあったと思えるのです。

その最大のものは、薬師寺東院堂の聖観音立像に接したときの和辻の熱狂的とも言える筆致です。私は看経机の前に妻と並んで座ってこのお像をぼーっと眺めていただけなのですが、若い和辻がことばに書き尽くせぬ思いを抱きながら同じ像を見つめていたまなざしがわがことのように感じられるのです。また、寺僧に許されて厨子の中に入り像の横から見上げることのできた和辻が、正面からだけしか見られないのはもったいない、横からも後からも見ることができたらと書いているのを、そのまま実現してみせたのが先日の薬師寺展での展示方法だったと気づいて驚きもしたものです。

仏像だけでなく、建物や画像をめぐる和辻の書きぶりも印象的です。建物では新薬師寺の本堂、薬師寺の東塔、唐招提寺の金堂(3月の旅行時には修復作業中で覆いの中でした。つい先日修復作業が完了して来日中の中国の胡錦濤主席が訪れたことがニュースになっていました)、法隆寺の金堂、五重塔など。画像では薬師寺吉祥天女像、法隆寺の金堂壁画(その後、火事で焼損)など。

古美術鑑賞記のあいまに、今風にいえばアイデンティティ確立に向けて苦闘する青年の心情が綴られているのもこの作品に若々しい熱気を吹き込んでいます。例えば東大寺三月堂の不空羂索観音を見学した後のくだり、『室へ帰ってから興奮のあとのわびしさが来た。何かの話のついでに、生涯の仕事についてT君と話したが、自分の仕事をいよいよおおっぴらに始めるまで、根を深くおろして行くことにのみ気をくばっているT君の落ちついた心持ちがうらやましかった。根なし草のようにフラフラしている自分は、何とか考えなおさなくてはならない』。和辻は若書きのこの著作の改訂をその後何度か考えたようですが、結局こうした若さのみが喚起できるものがあると考えて改訂を断念するに至ったそうです。

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