またひとつ
またひとつ歳をとりました。めでたい話は、あまりないです。
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夕刻になっても結構暖かく、酉の市にはやや似合わぬ気候。三の酉まである年は火事が多いというがどういう統計によるのでしょうか。このところ火事以上の物騒な事件が多いことは確かですが。今日、仕事から帰ったら実家の母にも危険な椿事があった模様。
たかだかとあはれは三の酉の月 久保田万太郎
いただきし火伏の護符や三の酉 内山亜川
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朝、お茶の水に用事があって出かける途中、浅草橋で電車がストップしてしまいました。すかさず社内車内放送が流れ、水道橋駅でホーム上の安全確認をしているためと。10分ほど経って動き出し、秋葉原駅で足止めをくらっていた乗客がどっと社内車内に入ってきてすし詰め状態。御茶ノ水駅でやっとこさ降りて階段を登るとそこに若い駅員がいて客に呼びかけていうには、「傘は右手ではなく左手に持ってください。水道橋駅で傘がはさまれました」と。なんのこっちゃ。確かに水道橋駅では乗客が右手にもっていた傘が閉まるドアにはさまれて出発直後の電車が緊急停止だったのかもしれないけれど、だからといって左手にもてとはあまりに過度の一般化。変な話ですが、真相はわかりません。お茶の水の用事は早々に済んで、午後は自宅作業。2時過ぎに日が出たので、新小岩公園でモミジの写真を撮ってきました。
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先日の推薦入試の採点結果をもとに学科別の判定会議が開かれました。推薦入試は合格を出せば入学は確約されているので入学者の基礎票になるらしいですが、ここであまりたくさん合格を出すと、このあとに続く一般入試の合格倍率が高くなってしまい、次年度の応募者減につながるとか。一方、推薦入試の合格者数を絞ると、推薦入試の倍率が高くなって次年度の推薦者が減るとともに、一般入試の倍率が低くなって偏差値を下げる結果となり、これも不都合と。一般入試は、地方入試、センター試験、A日程、B日程とあってそれぞれ特性が異なり、合格者のうちで入学手続きをする人の比率(手続き率)もさまざまのようです。最終入学者が入学定員を下回ることは決して許されず、かといって定員を上回れば教員の負荷が高くなり、教育の質が下がりと、まるで未知数が過多な連立方程式を解くようです。入試委員の先生がたのヨミに期待がかかります。
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急に用事ができて沼津に日帰り帰省することになりました。早朝(といっても6時過ぎ)の首都高、東名はまったく渋滞無しでスイスイ。連休にしては珍しいと思っていたところ、帰路は秦野中井ICから40kmの渋滞。3連休で遠出をした人が多かったのでしょう。連休が増えるのはいいことだと思いますが、トラフィックの集中は避けられません。だから連休といえば近場のポタというのが最近の定番だったのですが、今回はそうした気ままさが許されませんでした。
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連休の中日。推薦入試の小論文試験の試験監督をやりました。今まで試験はたくさん受けたけれど、試験監督をやるのは初めてではないだろうか。これが、来年3月までの長い入試シーズンの始まりになるようです。
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日比谷の仕事場で研修をしていたら、すぐ目の下の外堀通りをデモ隊が通過していきます。『裁判員制度反対デモ』のようです。その訴えを聞くともなしに聞いていると、最後にデモへの参加を呼びかけていました。一緒にデモをしましょうというアピールは珍しいのでは。
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20日夜は仕事仲間男女5人の食事会。場所は赤坂うまや。地下鉄赤坂見附駅から歩いて3分、一ツ木通りの赤坂不動尊の鳥居をくぐるとすぐ左に忽然とあらわれます。ビルの谷間の隠れ屋敷といったところ。1・2階は和食レストランうまや、3階が市川猿之助丈一門及び紫派藤間流の稽古場 。レストランは市川猿之助のディレクションときいて、ようやく場所と醸し出す風情が了解されます。料理は佐賀県を中心とする九州各県の食材を使って工夫が凝らされたもの。でも、リーズナブルなお値段。解禁日とあってボジョレ・ヌーボーも1本たのみました。ボジョレ・ヌーボーはフレッシュな感覚だけでおいしくはないね。店の名前は驛と書いてうまや。市川猿之助ディレクションか、そういや猿之助と浜木綿子の子供で俳優やっているのは誰だっけ・・・と誰かの言葉に、顔は思い出せるけれど名前が出ない、出ない、出ないと皆がいい、香川照之が出てくるまで15分ほどもかかりました。それをきっかけに記憶力の減退の話でしばし盛り上がるのは中高年の集まりらしいところ。それに病気の話。年金の話。いつも同じ話だけれど関心事ですから。
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本当に久しぶりに、越谷の仕事部屋から富士山が見えていました。もう白い綿帽子をかぶっています。これからは、この景色をたびたび見ることができるでしょう。
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午前で終わるはずのゼミの個人指導が午後までずれ込み、その後実験授業2コマのあと6限の課外セミナーのアドミニもあったため、かなりドタバタの午後となりました。
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丸1日の休みは久しぶり。昼めし後の食休み(昼寝に移行することも多い)を兼ねてモーツァルトなど。ということで今日もレコードネタ。取り出したる1枚はクララ・ハスキル/マルケヴィッチ・ラムルー管弦楽団のモーツァルトのピアノ協奏曲20・24番。モーツァルトには数少ない短調の協奏曲のセットです。志鳥栄八郎の『不滅の名曲はこのCDで』という本では、『不滅の名盤』とされています。どこまでいけば不滅のレベルに達するのかはよくわかりませんが、私にとっては好きな曲の好きなレコードであることに変わりはない。モーツァルトのピアノ協奏曲の緩徐楽章はみな味わい深いものがありますが、この2曲も例外ではありません。20番の2楽章ロマンス変ロ長調。澄明なカンタービレを情緒纏綿と歌っていたと思ったら、突然転調して独奏ピアノと木管の激しい応酬が始まり一気に高まっていく所など、当時のモーツァルトのお得意さんの貴族衆はびっくりしたんではないだろうか。そうした明から暗、繊細から力動への移行をハスキルは技巧を感じさせることなくリリックに紡ぎ出していきます。気持ちよくなってしまって、そのあとの24番の2楽章以降は案の定私自身が睡眠に移行していきました。
このあとは、ちょっと調べた話。このレコードは1960年11月にパリで録音されました。それから1ヶ月も経たない12月6日、ハスキルはブリュッセル駅で列車から線路に転落するという事故に見舞われ、それがもとで65歳で亡くなります。その翌日には20世紀を代表する大ヴァイオリニスト、アルテュール・グリュミオーとのコンサートが予定されていました。ルーマニア出身のハスキルは若くして天才少女といわれてデビューしたものの、その後は病気や内気な性格によって成功から見放され 、不遇で貧しい時代を送ります。50歳をこえてようやく再評価され、録音やコンサートに精力的に取り組み始めた矢先の事故でした。20歳以上年下のアルテュール・グリュミオーとは、芸術家同士の共感を超えた感情をお互いに抱いていたらしく、ハスキルの急死の後グリュミオーは芸術家としても生活者としても虚脱状態に陥ったといいます。不運の影を宿した天才演奏家というステレオタイプにピタリはまるクララ・ハスキル。ルーマニア生まれの不運な天才少女という類型はあのナディア・コマネチにも当てはまりますが、これは脱線しすぎ。
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夜、何かちょっと聴こうと思って手にしたのがDVD化したカルロス・クライバーのライブ・ビデオ。アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(現ロイヤル・コンセルトヘボウ)とのベートーヴェン第4・7シンフォニーです。この人の指揮ぶりは、とにかくカッコいい。明らかにオーバーアクションなのですが少しも破綻がなく流麗華麗。クラシック音楽の愉悦をまさに体現しているような指揮です。オーバーアクションで熱が入った指揮ぶりという点ではバーンスタインもそうでした(ただしこれもビデオで見ただけ)が、バーンスタインは後先なく没入して野暮に見えることもあったような。それに比べてクライバーはどこまでもイキです。クライバーの棒で演奏する楽団員はさぞかし楽しかったことでしょう。その愉しさは音楽に乗り移って聴衆に伝わり、終わればコンセルトヘボウの客席は総立ち。4番と7番は両方いいけれど、曲想から言って4番のほうがより絵になっているようでした。クライバーは2004年に74歳で亡くなっています。合掌。
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大学広報のプロジェクトメンバーに推薦した1年生に2週間経ってようやく連絡が取れ、彼から返信メールが届きました。当方はPCメールオンリー、彼は携帯メールオンリー。というわけかどうかわからないけれど、なかなかリアルタイム処理にはならないようで。
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寄る年波のせいとは思いたくないのですが、このところ落とし物や忘れ物が多い私です。3日前に携帯電話に大人の休日倶楽部事務局から電話が入りました。新小岩駅に大人の休日倶楽部会員証が拾得物として届けられているから明日(11日)中に取りに行ってほしいと。終電まで窓口が開いているというので取りに行くと答えたのですが、家に着く頃にはすっかり忘れていました。昨夜(12日)そのことを思い出して新小岩駅に電話したら、現物は錦糸町駅に回ったと。今日(13日)午後錦糸町駅に行ったら、現物は新小岩駅から回ってきて先ほど飯田橋の警察の遺失物センターに送ったばかりと。そして警察に提出する遺失物返還申出書なるものを作ってくれました。明日以降飯田橋に行くことになります。忘れなければ、ですが。下写真はそれとは関係ない日比谷公園の紅葉です。
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真冬並みの寒さ。歩く人は皆コートに身を包む。いよいよ鍋の季節です。今日の晩飯は寄せ鍋。夫婦ふたりの鍋でも両方とも結構食べるので子供達がいたころと具のボリュームはそんなに変わりません。野菜が多いため、それでもヘルシーかと都合のよいように考えています。
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立冬には不似合いな暖かい日でした。越谷の仕事場で週末の学会の発表準備やら何やら。明日からは初冬にふさわしいくらいに気温が下がるようです。
武蔵野はもの枯れ冬に入るひかり 加藤楸邨
噴水の蕭条として冬に入る 馬場移公子
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車で通勤するようになって往復2時間以上運転している時間に、クラシックやジャズのCDを取っ替え引っ替え聴いています。今日は行き帰りでチャイコフスキーの交響曲4・5・6番を通して聴きました。CDは、この曲では定番と言われていたエウゲニー・ムラヴィンスキー/レニングラードフィル。ムラヴィンスキーはとうに亡くなり、レニングラードフィルも今やサンクトペテルブルグフィルに。久しぶりに開いたCDケースの中ではポリウレタンの保護シートが経年劣化でぼろぼろになっていました。いろいろと時の流れを感じさせますが、CDの再生音は未だ新鮮です。チャイコフスキーは金管がうるさいから好きではないと思っていたのですが、久しぶりに聴く印象は、さにあらず。要所に輝く金管に美を感じました。3つの交響曲の中で私が一番好きなのは5番ですが、今日一番いいと思ったのは4番でした。
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晴の特異日として知られる文化の日ですが、東京は1日曇りでした。晴の特異日というのは、「晴れ」というより「雨が降らない」ということかもしれません。ところで、晴の特異日は行楽の日であると同時に農家にとっては仕事の日でもあります。田畑の仕事をつとめ励み楽しむことが文化の根幹だったと言えるかも。
山畑の高みに励み文化の日 馬場移公子
夜は読まむ書ありて励む文化の日 塩谷はつ枝
残る田を刈るに急かるる文化の日 根岸善雄
私は室内で若干の冷や汗ものの仕事の日でした。
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秩父の八丁峠を自転車で登ります。日本百名山のひとつ両神山の西側に位置するこの峠は標高が1500m近くありますがその下、標高1220mに林道のトンネル八丁トンネルが貫通しています。自転車で峠登りを始めた頃ここに来て、山行ならぬ峠行の良さを実感した思い出の場所です。その時と同じように西武秩父駅まで輪行して同じコースを登りました。晴で低めの気温、とは言っても11月に入ったばかりですから寒いという感じではありません。乾いた心地よい風に吹かれながら山道を登り、紅葉を見る。充実した秋の1日となりました。下写真は、八丁トンネル手前の紅葉。今、峠付近は紅葉の盛りです。中津渓谷の紅葉も期待していたのですが、まだちょっと早いのか今年は不作なのか、いまひとつという感じでした。
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午後から品川で仕事。の前に品川セントラルガーデンをぶらぶらします。ここは品川インターシティと品川グランドコモンズの間にあるビルの谷間の公園で、セントラルガーデンというのはやや羊頭狗肉の観ありですが、広さはともあれ気持ちのいい場所ではあります。品川駅から北品川方面に向けてやや下り勾配があり、そのため狭い公園がやや広めに見えます。この勾配は、元の敷地の傾斜をそのまま活かしているのだと思います。あえてならして水平にしなかったところがミソでしょう。公園内にはカツラの木がたくさん植えられていて、青葉も黄葉もきれいです。まだカツラの黄葉には少し早く、下の写真はヤマボウシの紅葉を撮ったもの。今日はビルの屏風に囲まれている公園の中も風が強かったのですが、帰って夕刊を見ると「木枯らし1号」が吹いたとのことでした。
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