丸ビルななは
大学のワンゲルの同期会。私としては最近珍しい2日続けての飲み会です。場所は、丸ビル6Fの「ななは」。総勢20人中10人が集まりました。
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大学のワンゲルの同期会。私としては最近珍しい2日続けての飲み会です。場所は、丸ビル6Fの「ななは」。総勢20人中10人が集まりました。
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今日も夕方から雨。これは春に向かう兆かと思いきや、さにあらずで明日はこの冬一番の寒さになるとか。さらに週間予報では来週は東京に雪のマークも。春の到来は一進一退。でも、その振れ幅が少し大きすぎるような気もします。明日は朝から出歩く予定なので雪の対策をすることにしましょう。
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朝夕雨が降ることが多い昨日・今日。暦をみれば1週間前に24節気の雨水(うすい)に入っていたのでした。雨を受けた庭の鉢植えのチューリップの芽が青みを増して日に日に成長しているようです。あと1週間で、地中の虫も穴から這い出る啓蟄。
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好天に誘われてコースは風任せの都心部ポタに出かけます。最初はウォーターフロントの公園を一巡りの目論見だったのですが、彼岸の頃のような穏やかな天気に牽引されるように、晴海から日比谷、日比谷から四谷、四谷から外苑、外苑から表参道、表参道から明治通りに入って、新宿3丁目、池袋駅前、飛鳥山公園(王子駅)とまわり、最後は江北橋から荒川CRを戻ってきました。上がってみれば73km、3時間半と、ポタというにはしゃかりきモード。これぐらい体を動かして食事の節制に努めれば、あっというまにメタボ解消となりそうですが、私の場合はポタから戻ると食欲が増進して普段以上に食べてしまうので、体重はなかなか減りません。下の写真はお台場海浜公園からのレインボーブリッジ。
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仙台から仙山線で1時間。山寺で降りて立石寺に詣でます。仙台市内は風は冷たいものの路上に雪などはほとんど見られなかったのですが、電車で30分も走るとあたりは一面の雪景色。さらに山間部に入ると列車が巻き上げる雪煙で窓の外が真っ白になることも。山寺駅は山形駅まであと15分くらいの山地と平地の接続点といった場所。到着した山寺駅ホームから立石寺の山上の伽藍が手に取るように見えました(写真上)。駅から5分も歩けば立石寺の根本中堂に至り、そこから延々続く石段を登ります。雪かきはしてあるものの石の上に雪は積もっていて、かねて準備の伸縮自在のストックを伸ばして使います(軽アイゼンも持参したのですが、さすがにこれは出番無し。ところがこれを使って登る人もいたようで、石段上にはアイゼン跡も見られました。)なお、麓の茶店で木の杖とゴム長を貸してくれるようです。奥の細道の「閑かさや・・・」の句で有名な立石寺です。参道の途中に芭蕉が句の想を得た場所という「セミ塚」などもあります。山門をくぐり、山上の堂宇を左右に見ながらさらに登って駅から30分ほどで奥の院に到着(写真中)。この山寺は奥の細道に記されているように9世紀に慈覚大師によって開かれた天台宗寺院。工作が容易な凝灰岩の山にあるため、岩を削って階段とし、あるいはくぼみを広げて投げ入れ堂を造り、あるいは大岩の表面を刻んで仏像や経文を描いています。「岸をめぐり、岩を這いて仏閣を拝し佳景寂寞としてこころ澄みゆくのみおぼゆ」という芭蕉の記述は決して大げさではありません。最後に五大堂から下界の景色を眺めて下山しました(写真下)。
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職場で使うためにスキャナーを買ったらそのバンドルソフトに読取革命Liteというのがついていました。画像で読みとったデータを編集可能なテキストデータに変換するソフトです。昔からあるOCRの機能ですからびっくりするほどのことはないのですが、試しに読ませたジャーナル記事がテキストデータに化けて出たのには少し感激しました。パナソニックが売り出しているこのソフトはもうver.13というからこんなことに驚いているのは私だけかもしれません。
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まだ明恵を読んでいます。吉川弘文館の人物叢書の1冊。初版は昭和36年。国史の先生の手になるもので、伝説・伝承の類を極力排して明恵の行実(どこにいて何をやったか)を詳しくあとづけたもの。北条泰時および栄西との交流は「伝説」という最後の項で触れられています。この2人と明恵が接点をもっていたことは事実(特に北条泰時とは和歌のやりとりを通じた消息が「歌集」にある)のようですが、「伝記」にあって「行状」にないこれらの詳細の記事は「伝説」という扱いになっているわけです。白洲正子の「カラー版」ともいうべき明恵伝と比べると、シルエットだけの明恵で検事調書のような(こう言っても失礼には当たらないでしょう)テイストですが、これはこれで面白い。
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今日は人間ドック。半日コースなので2時間と少しで終わり、医師の所見を聞いて帰ってきました。残念ながらオールAというわけにはいきません。B判定は、BMI、中性脂肪、血糖値の3つ。要するに典型的なメタボですね。想定範囲なので、13日の金曜日にしてはまずまずの結果だったと言えましょう。ところで、13日の金曜日はどれくらいの確率で起こるのでしょう。今日が金曜日である確率は1/7。今日が13日である確率は、13日は月に1度づつあるから12/365。曜日と日付は独立事象だから、今日が13日の金曜日である確率は(1/7)×(12/365)=0.0047。仏滅が6日に一度くるのと比べると低い確率ですが、それでも1年に1.7回くらいある計算になります。手元のカレンダーで確認したら、今年はこのあと3月と11月の13日は金曜日で、年に3回。でも来年は1回だけ。
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白洲正子のとらえる明恵は、宗教者としてのあるいは歌人としての明恵ではありません。歌人としては素人の「ふですさみ」(明恵自身のことば)であり、心のおもむくままに数寄の調べをかなでたところは西行に似ているとしても、そこから伝わってくるものは歌としての芸術性ではなく明恵自身の生活風景にとどまると言っています。また、宗教者としての明恵については「極端なことをいえば、明恵が信じたのは、仏教ではなく、釈迦という美しい一人の人間だったといえましょう。」という白洲自身の言葉に集約されるように、思想の護持者とも教団の組織者とも遠いところにいた一人の仏弟子と位置づけているようです。鎌倉新仏教に対する旧仏教の旗頭の一人というような言い方は、表層的・図式的な整理に過ぎないと。ならば、白洲は明恵をどのようにとらえようとしているのか。釈迦という美しい人間にとらえられ、自らをその前に放下して放下して、放下しようとする心をもうち捨てようとした、これもまた美しい一人の人間として描いているように私には思えます。夢や幻想や和歌などのような表現形をもった、芸術的な生といったらいいのでしょうか。それは五感を駆使して明恵を鑑賞するような姿勢にもつながります。樹上坐禅図や仏眼仏母像、華厳縁起絵巻など、ゆかりの古美術作品から明恵の心に迫る筆致はもちろんのこと、明恵の故郷であるとともにたびたび帰って修行場となった紀州湯浅の景観から明恵の心象風景を想像するような視点には、目利きの眼を感じないではいられません。私自身、そこに行って湯浅湾に浮かぶ鷹島や刈藻島をこの眼で見たいという気持ちがおおいに湧いてきたことでもありました。
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今に遺された明恵と高山寺をめぐる膨大な文書の「歩き方」(の手ほどき)といった趣の研究書です。明恵の生涯を描いた文書群に「行状」系と「伝記」系があり、さらに行状には仮名行状と漢文行状があって、仮名行状→漢文行状→伝記と遷移する経過の中で明恵伝がいわば社会的に構成されていったプロセスが解説されます。明恵が実体験した夢と幻想の世界(明恵は間違いなく強い霊感をもち、それをコントロールできる人だったようです)は喜海ら明恵に付き従った数少ない弟子たちの直接体験と結びつき、さらには明恵が社会から付託された期待と混ざり合って自己成就していったかのようです。明恵は新しい宗派もそれを支える組織も作らなかったどころか、弟子はいらない、釈尊の弟子であるだけで十分と言い放ってしまうようなナイーブさを露呈しながら、だからこそ周囲の人びとを惹きつけてやまないひとつの重力圏を形成していきます。本書の最終章は高山寺の堂塔の歴史と境内のありように割かれています。高山寺境内の佇まいがいかに明恵そのもののイメージに合致しているかについての私の年来の想いは、次の本書結びの一節に見事に代弁されていました。
「高山寺は、京洛の多くの寺院にあるような古い堂塔や庭園に恵まれているわけではない。しかし、石水院の柱に残された棚の穴に明恵の学問のあとを思い、春日住吉社殿に、明恵の釈迦と天竺に対するはるかな思いを想起し、天井板(もと板葺きの屋根板だったという)をえぐった雨水のしたたりにそれ以来の長い歳月を思えば、ある実感の集積としてわれわれの心の中に残留するものの濃密さを知ることができるはずである。高山寺は、そのような意味ですぐれて心の寺である。」
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昨日ロードバイクで走った県道西天城高原線は、1999年の第50回全国植樹祭が天城高原で開催されるに当たって、伊東方面から西伊豆に至る道路が天皇の行幸路としてあまりにお粗末だというので急遽整備されることになったものらしいです。それから10年、サイクリングのガイドブック「静岡県サイクルツーリングガイド(白鳥和也著)」には、「超絶景観の天空ルート」として紹介され、私も2003年6月と今回と2回走りました。伊豆方面を走るサイクリストやバイクライダーの間では結構有名な山岳ハイウェイということになるでしょう。今回5年ぶりに走って気がついたのは、道路がだいぶ傷んでいること。センターラインの白線がひび割れてひどくなっているところもありました。1000m近い稜線の道ですからメンテナンスのコストも一般の県道に比べて高くつくのかもしれませんが、何と言っても利用者が少ないためにメンテの優先順位が低くならざるを得ないのではないかと思います。起点の風早峠には下写真のような「生きとし生けるものにやさしい道づくり西天城高原線」と銘打った解説看板が置かれています。道の周辺に生きる動植物のために様々な工夫が凝らされていることが紹介されているわけですが、どう見ても不要不急の道ですから近辺の自然環境にとって最大の「やさしさ」は、道路を作らないことだったのではないかと言われてしまいそう。それを見越してこのような看板を作ったのではないかと勘ぐる私のような人間も少なくないと思われます。全国植樹祭のために自然環境破壊が行われたとあってはシャレになりませんからね。
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アンカーで行く西伊豆スカイライン。伊豆大仁の狩野川記念公園に車を置いて、西伊豆スカイラインと県道西天城高原線という山岳ハイウェイをつないだ大展望ルートを走ります。晴天、無風の天気に恵まれアンカーの山登りの性能を試すというにはちょっと贅沢なコースとなりました。このところパスハンから遠ざかっていたので、脚力の衰えは隠しようもなく、標高差800mの登りはちとこたえましたが、登りのペダルの軽さ、下りのハンドルの小気味よさは予想以上のものがありました。アンカーは、ロングライドだけではなく、パスハン用の機材としても頼もしい相棒になってくれそうです。こうなる舗装路ではアルプスのパスハンターの出番がなくなってしまうかも。なお、標高800~1000mの稜線をいく今回のコースは天候次第では降雪、結氷のおそれが高く、この時期の自転車による走行はお奨めできません。今回はたまたま天候の良さだけでなく路面も乾いている最高のコンディションだったのです。下写真は達磨山レストハウスから見た富士山と画面右の沼津アルプス。
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来週末に人間ドックを受ける予定です。あと1週間というので、事前の心得を確認するために病院から送られてきた資料に目を通していたら、「運動負荷心電図検査廃止のお知らせ」というチラシが入っていました。この検査で具合が悪くなる受診者がいて、そのリスクを多角的に検討した結果、今年度から廃止することになったとのことです。考えてみれば、いつぞやの人間ドックで自転車漕ぎのあと心電図をとるこの検査でバテバテになってしまった経験がひとつのきっかけで私の自転車ライフが始まったのでした。それ以来、年に一度の人間ドックのこの検査で自分の心肺機能のチェックをするのは重要な年中行事(大げさか)となったわけですが、廃止とはまことに残念です。
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いつも利用するコンビニ店の隣の空き地に貨物コンテナのようなものを並べて貸しトランクルームの営業をしています。自分たちには関係ないと思っていましたが、訳あって使う必要がでてきそうなので、料金と空き状況を問い合わせてみます。間口1m15cmで2畳の広さのものが、1階なら月1万1500円、2階なら8600円と。それぞれ空きはあるらしい。
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来年度のシラバス入力が終わり、授業準備も本格化します。来年度の担当科目は今年度より2コマ多い12コマですが、そのうちゼミの4コマを除いた8コマは何らかの形で他の教員とのパートナーシップが発生するのでマイペースというわけにはいきません。
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出張帰りの新幹線で座席の足元にAC電源のコンセントがあるのに気づきました。1~2年前まで、ノートPCをもって出張する機会が多かった時にはこれがあればどんなに便利かと思っていた代物です。その頃、たまたま指定席が車両の最前列だったときに、足元に社内清掃用と思しきコンセントを発見してラッキーとばかりに(多少後ろめたさも感じながら)使ったことがあります。別の機会に同じ席でコンセントはあるものの、使用不可の表示があってがっかりしたこともありました。この業務用電源はJRも原則として乗客の使用を認めていたようですが、車両の前後にあるだけではたまたまの僥倖を待つのみ。それが今回見た範囲では全ての列の左右両側に電源コンセントがついています。帰って調べてみると2007年7月から東海道・山陽新幹線に投入されたN700系車両には普通車は全列左右と前後に、グリーン車は各座席にAC100Vのコンセントがつけられたのだそうです。何分の一の確率なのかはよく知りませんが、今回私が乗ったのぞみはこの車両だったということ。最近は出張にPCを持ち歩くことも少なくなりましたから、私の場合はもうあまり役には立ちませんが、今年からはN700系に無線LANも設置されるらしいですから、ビジネスパーソンはますます便利というか大変というかになりそうです。
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